平成最後の夏が来た

今週のお題「#平成最後の夏」

こんにちは。yukiです。

平成最後の夏ですね。

昭和が64年も続いたおかげでかすんで見えますが

平成って30年も続いていたんですね。

改めてびっくりです。

 

だって、大正→14年、明治→45年ですよ。

あんまりパっとしませんか?笑

 

どんな変化があったのか見てみましょうか。

主に私の好きな電子機器の分野で見てみます。

 

・ゲーム機

1983年(昭和58年) ファミコン発売
1989年(昭和64/平成元年) 初代ゲームボーイ
1994年(平成6年) プレステ
1998年(平成10年) ゲームボーイカラー
2000年(平成12年) PS2
2001年(平成13年) GBA
2004年(平成16年) DS, PSP
2006年(平成18年) PS3, Wii
2011年(平成23年) 3DS, Vita
2014年(平成26年) PS4
2017年(平成29年) Switch

Windows

1985年(昭和60年) Windows 1.01
1990年(平成2年) Windows 3.0
1995年(平成6年) Windows 95
2000年(平成11年) Windows 2000
2001年(平成12年) Windows XP
2009年(平成20年) Windows 7
2015年(平成26年Windows 10

・携帯電話等

1968年(昭和43年) 日本でポケベル開始
1985年(昭和60年) 携帯電話開始(ショルダータイプ)、ポケベルブーム到来
1987年(昭和62年) 2G開始
1991年(平成3年) mova開始=小型の携帯開始
1995年(平成7年) PHS開始
1997年(平成9年) SMS開始に伴いポケベルの衰退加速
1999年(平成11年) 番号が10→11桁に、カメラ付きケータイ、iモードEZweb開始
2001年(平成13年) 3G開始
2008年(平成20年) iPhone 3G発売
2010年(平成22年) LTE開始 3.9G
2011年(平成23年) iPhone5発売、LINEリリース
2014年(平成26年) VoLTE開始


...凄まじい変化を感じます。

 

平成は電子機器の進化とともにあったといっても過言ではないでしょう。
第三次産業革命と呼ばれているそうです。

 

これから30年はどんな生活が待っているのでしょうか。
わくわくしますね。

 

これから先は、IoTによる第四次産業革命が予想されています。

モノのインターネット、つまりあらゆる製品がインターネットに接続された時代になると言われています。

例えば車はすべて電子化され、相互に接続しあうことで車の流れをコントロールするなどです。

 

 

ところで、実際の私達の生活はどのように変化してきたのでしょうか。



・生活
平均寿命
f:id:nimyks261:20180827202653p:plain(引用元:

日本の平均寿命の推移をグラフ化してみる(最新) - ガベージニュース

)


団塊の世代
第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)~1949年(昭和24年)に生まれて、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代のことである。
(引用:Wikipedia)

現在、70歳くらい

f:id:nimyks261:20180827203244p:plain

f:id:nimyks261:20180827203402p:plain(引用:

http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0204.html

)

 

.......と
とりとめもなくなってきましたが
30年前は携帯どころかインターネットも普及していなかったのです。

そのさらに30年前は高度経済成長期です。第二次産業革命後半です。

高度経済成長期は、1955年~1973年までの19年間を指します。日本経済は、年平均で10%もの成長を続けました。

この時期に、まず起こったのが技術革新です。自動車産業、電気機械業、化学工業、造船業などのメーカーが、海外から革新的な技術を採り入れ、新しい設備を導入。会社の規模を拡大していきました。また、耐久消費財である冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビが“三種の神器”と呼ばれ、家電市場が拡大。人々の生活水準も向上し、耐久消費財の普及が進みました。

こうした各産業の市場拡大や製造設備導入の動きを先読みしたのが鉄鋼業です。大規模な製鉄所の新設を進め、生産量を大幅に増大。生産効率の向上も推し進め、その勢いはアメリカをはじめとする他国を圧倒するほどでした。このように、「投資が投資を生む」状態が続くことで連鎖的に各産業の生産性が向上し、雇用者数も増大していったのです。また、家電メーカーや自動車メーカーなどに部品を供給する中小企業も、高度経済成長期に大きな発展を遂げています。

加えて、日本の企業は、生産管理や品質管理、労働管理などの技術も海外から採り入れていきました。これにより、低コストで効率よく高品質の工業製品を大量かつ安定的に生産できる体制がつくられました。その後、日本のメーカーが製造した製品は海外に輸出されるようになります。

金融業も、成長を続ける企業を力強く支えました。当時の日本は低金利政策が採られており、大手企業が設備投資を行う際に銀行から融資を受けたのです。当初は預金額を上回る額を貸し付けるケースも多くありました。

そして1964年、東京オリンピックが開催。東名高速道路東海道新幹線が開通されるなど、周辺地域のインフラが整備されたことで、日本の景気はさらに高まりました。1968年にはGNP(国民総生産)がアメリカに次いで2位に躍り出て、名実ともに日本は“経済大国”となったのです。

中略


当時の日本企業は、終身雇用制と年功序列型の賃金体系による“日本的経営”を行っていました。長期雇用を前提とした年功序列式の人事システムは、「若手労働者を採用・育成することで、効率的な組織運営を行う」というメリットをもたらしました。「長く働けば昇進できることから、従業員が愛社精神や仕事への意欲を高める」という効果もありました。この日本独特の経営手法が、高度経済成長期の日本企業を支えていたのです。

(引用:

vol.03 高度経済成長期の到来 - 仕事・働き方を知る特集「企業の存在価値」 - 就活支援 - マイナビ2019

)

 

働き方も大きく変わりました。
今や終身雇用と安心できる企業はとても少ないでしょう。

高度経済成長期を支えた世界に誇る多くの日本の電気機械業、化学工業、造船業などのメーカーは力を失い、現在では一握りとなってきています。

日本に限らず、ですが、経済が停滞し始めています。

 

技術のさらなるブレイクスルーが起こらない限り、特にIT分野において超大企業のみがしのぎを削り合う現状は変わらないでしょう。

 

私はこの状況がむしろ正常で、電子機器というブレイクスルーのおかげで急速に成長を続けた時代が異常だったのではないかと考えています。

 

当然正常、異常なんてものはなく、人が決めるものです。

 

しかし、もっともっと長いスパンで見れば、人はいろんな形で生活をしてきていました。

こんなにわくわくする、経済が潤う時代のほうが稀なケースです。

みなそれぞれ自分の生き方をみつけ、それぞれに人生を楽しんでいました。

終身雇用だって、戦後数十年に形作られただけの常識です。

 

なんとなく私は平成という時代がとてもちぐはぐに感じていました。

それは、人生の王道なんてものはないのに、これだけ社会が大きく動いているのに、大企業に就職→結婚が一番幸せなんだという偏見が常識のように語られていたところです。
認識と現状が乖離していたところです。
そんな常識、数十年の間に形成されたものに過ぎないのに。

 

確かに30年前はこれでよかったのかもしれません。

しかし、少しずつ新しい価値観が広まりつつあるように、私達は自分たちの幸せをもとめてそれぞれの多様な人生を歩める時代になりつつあるような気がします。

 

機械化が進み、単純労働はすべて機械がやってくれる時代が来ます。

人間は面倒な仕事、やりたくない仕事から開放され、好きなことに従事できるようになります。

楽しいを職にしたほうが良い、という言葉は賛否あるようですが、
特に3次産業においてはこれは正しいように私は思います。
そんなところから新たな発想が生まれやすいからです。

職も人生の一部ですから、簡単には割り切れないよなと私は思います。

 

これから30年、新しい年号のもとではそんなことが新しい王道になるのではないでしょうか。

 

 

 


平成30年の夏、私は新しい年号に先走って道を歩み始めました。