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ニワカであること

私は俗にいうニワカ人間だ、と思う。

 

ニワカ人間とは、ザックリというと、ある事柄について深く知りもしないくせに、

 

私これ大好きなんだ~! とか

 

俺これについて詳しいんだぜ とか

 

いう人の事だと私は解釈している。

 

言わないにしても、自分の好きな事柄について、もう何よりもこれが一番好きだという事柄について、細かいことまではあまり詳しくはない人の事をいう、と思う。

 

私は後者の人間だ。

 

そして、私はこんな自分が嫌いだ。それは、ネットでニワカ人間が叩かれる傾向にあるからではなく、この性格であるがゆえに、負の感情が生み出されることが多々あるからだ。

しかし、私はこの性格をなおそうと努力していない。正確に言うと、変えようとは思うのだが、どうしても続かないのである。それは、下記に述べる様に、この性格だからこそのものであると思う。そのため、おそらく、同じくにわか人間の大部分は、私と同じような感情を抱いているのではないか、と私は思っている。

 

 

結論から言うと、私は脱ニワカをしたいのだ。

そのための自分の心情、考えの整理としてこの文章を書いている。正直に言うと、先ほどある人物の、東京は冷たい街なんかではないという文章に感銘を受け、私もなにか書いてみたいと思い、書くに至った。私はミーハーなのだ。しかし、これが良いきっかけになれば良いと思っている。

 

以下、そう思う理由、考えを書いていく。

 

 

 

まず、ニワカ人間はどんな人物であるか、私を例にとってその一例を説明しよう。

 

私はポケモンとデジタル製品が大好きだ。

この2つに関しては、一般人よりも関心を持ち、情報や知識も多く所持していると思っている。大抵の人も、何かしらに対してそういう気持ちがあるだろう。

 

例えばポケモンに関して、最近横浜で話題になったピカチュウ大発生イベントの情報をtwitter等でみれば、うわ、めっちゃかわいい!!!!、と関心を持つし、

Apple Watch発表!ともなれば、どんなことができるんだろう、とかスペックは!?価格は!?Androidでも使えるの!!?といった情報を得ることに精を出す。

 

しかし、基本的に私はこれで満足してしまうのだ。おそらく、ニワカでない人にはこの時点で怒られてしまうだろう。なんで!?好きな事なら実際に行ってみたいと思うし、もっとそれについて知りたいと思うのが当然でしょ!?と言われるのだ。

そうは言っても、もう満足してしまっているのだ。

行きたいか行きたくないかで言えば行きたいし、もっと知りたいか知りたくないかで言えば、知りたい。けれど、べつにそうでなくてもいいのだ。そこまではしなくてもいい。

 

だいたいどんなことに関してもこんなかんじだ。

例えばアニメ。好きなキャラの声優さんの名前まで把握している人がいる。私は知っていたら知っていたで嬉しいが別に知らなくてもそれ自体で不満であるということはない。

 

好きなことに関してはどんなことでも知っていたい、という拘りがないからかもしれない。

 

さて、このことがどんなふうに私の心に負の感情を流しこむのか、というと、それは他者、さらに言えば私の好きな事柄に対して興味を持っている人と話す時だ。

 

先の通り、私は自分の好きな事柄について深い知識を持ち合わせていないことが多い。そうすると、その人との会話についていけない時があるのだ。せっかく趣味の合う人と楽しくお話できる機会なのに、突っ込んだ話になるとどうしても情報差がでてしまい、相手はどこか不完全燃焼のご様子である。これは良くない。私は基本的にネガティブな人間なので、この時点で負の感情のウォータージェットスパイラルに陥ってしまう。

同様に、私は自分の趣味について、長々と話すことができない。それはもちろん、浅い知識しか持ち合わせていないからだ。話の引き出しが少ないというのは、相手を楽しませてあげられる道具が少ないようで、嫌だ。

 

ニワカなことは、拘りがないことや飽きっぽいことと似ているのだろうか。

 

 まだ書きたいが、飽きてきたので又の機会に続きを書こうと思う